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ムンテラとマーゲンチューブ

医療業界にはムンテラという俗語がある。語源はMund Therapieらしい。Mund(口)もTherapie(治療)もドイツ語だが,ドイツ語にMund Therapieという熟語は存在しないと聞いたことがある(未確認)。俗語のスペルにこだわるのは,“ナイター”のスペルにこだわるのと同じだが,Mundの発音がムントであることから,ムンテラの語源を“Munt Therapy”と思っている人もいるようだ。この場合Therapyは英語だし,いったい何のことか分からなくなる。
“ムンテラ”は既に市民権を得て日本中で使用されていると思われるが,その語源と思われるMund Therapieは正しいドイツ語ではないのだから「手術の危険性についてムントテラピーします」と言うのは一般的とは言えない。
そういえば,関西のある地方ではアイスコーヒーが“レーコ”と呼ばれていた(今もだろうか)。おそらく冷コーヒーが語源と思われるが,関西の喫茶店でも「レーコーヒーちょうだい」というと笑われると思う。
ムンテラは出自も怪しいながら,その意味も変遷してきているようだ。もともとは「患者(あえて“様”はつけない)と会話し,患者のつらさをいろいろ聞いてあげることによって治療効果を期待する」ようだったのが,今はインフォームドコンセントとほぼ同義,悪く解釈すれば「言いくるめる」みたいなところがある。しかし,きちんと説明してあげると患者は納得し安心するだろうから,意味は大して変わっていないのかもしれない。

胃の中に入れる管は胃管または胃ゾンデ,英語でgastric tubeまたはstomach tube,ドイツ語でMagensondeまたはMagenkatheterと呼ばれている。ところが,ドイツ語のMagen(胃)と英語のtubeとを勝手にくっつけてマーゲンチューブと呼ぶ人もいる。気をつけないといけないのは,Magensondeのスペルを発音からMagenzondeと勘違いし,M-zondeやMZと表記する場合があることで,こうなると正解にたどりつくのは難しい。日本語の“胃管”も,食道全摘後に胃を細長くして食道の代わりとする再建胃管(reconstructed gastric tube)を指すこともあるので注意が必要だ。

カルテでは語源の怪しい俗語も,独語+英語の造語も略される。そう,ムンテラもマーゲンチューブもMTと略される。胃管を誤って気管に入れると通常は激しい咳嗽反射が起こるので間違いだとわかるが,反射の低下した患者ではわかりにくい。胃管の先端が気管や気管支にある状態で栄養剤を流し込むと危険である。もともと胃潰瘍で胃壁の薄くなった患者では胃管の先が胃壁を突き破ってしまう危険性もある。やはり,たかが胃管といわず「MTの危険性についてMTする」べきである。
by charttranslator | 2005-03-15 15:43 | 俗語


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